2007年11月の日記 連絡先(e-mail)
2007年10月の日記

ガーナの記録は、更新頻度が少ないのでザンビア版とは日付が逆になっています

20071101 生活費を下す

 昨晩、一人でDVDを見ていたら、棚にあるパンの近くで素早く動く黒い生き物を見つけた。棚から追い出してみると、胴体が10センチほど、尾も10センチほどのねずみだった。レイチェルがパンの袋に穴が開いていたと言っていた原因はこのねずみのようだ。彼(彼女)は、すごい速さで部屋から出て行ってしまった。

 6時半に実験室に入って、昨日壊してしまった望遠鏡の対物レンズをはずし、アルコール・ランプを一つ作り、クロマトグラフィの予備実験をした。水は出なかった。

 8時に一度部屋に立ち寄り、そのまま直ぐにタウンに歩いて出かけた。理化学用品店を回り、接眼レンズ、ゴム管などが有るか聞いた。あるお店にカレッジにあるものと同じ古いオリンパスの顕微鏡があった。レンズを見せてもらうと、カビていたが、実用的には問題なさそうだ。レンズのスペアを買いたいのだが、手持ちの業務費が少なかった。たぶん他に買いたい人はいないと思うので、手付金を払う必要はないようだった。土曜日か来週にお金を持って再び行こうと思う。

 実験室のガス用に元栓のようなものを買おうと思い、絵を描いてガス用品店で見せて回った。でも、似た品物は見つからなかった。  その後、ペンキ用の刷毛を買ってから、スタンダード・チャータード銀行で少しまとまったお金を下した。

 続けてスーパー・マーケットでラーメン、白ワイン(自分用)、赤ワイン(蒸留用)、逆性石鹸、チーズ、シャンプー、単四電池、冷凍肉を買い、隣の野菜店でキャベツを求めてからタクシーでカレッジに戻った。

 洗濯と水浴び(水圧が弱くなっていた、たぶん水道局は給水をすでに停めているのだろう)をしてから、実験室に入り、クロマトグラフィの予備実験を、条件を変えて行ったり、追加のアルコール・ランプを作ったりした。(実験室の水は出なかった。)

 3時前にドミトリーに戻りPC作業を始めた。(ドミトリーは、断水だった)

20071102 試験管の中のヤモリ

 6時半少し過ぎに実験室に入ると、久しぶりに水が出ていた。分子モデルの授業の準備をしながら、バケツとペット・ボトルに水を溜めた。

 授業では、分子モデルの評価と二酸化炭素及びベンゼン・モデルの説明をした。全て終わってしまった学生のために多面体の作り方も簡単に説明した。

 何人かの学生が、最後まで残ってストローのかけらを拾い、床を丁寧に掃いてくれた。

 実験室の掃除が終わってから化学室に器具を探しに行った。スタンドに付ける追加のクランプや支持具、滑車、ビーカー、蒸発皿などを見つけて、それらを洗ったり磨いたりし始めた。来週の授業のために試験管準備することにして、箱に入っている未使用の試験管を取り出していたら、一匹のヤモリが試験管に入り込んで出られなくなっていた。とても元気だったから自分が近づいたとき慌ててもぐりこんでしまったのだろう。写真を撮っている間に後ずさりして無事に脱出した。

 クランプや支持具などの金属パーツを磨き始めたが、潤滑剤スプレーや灯油つけて磨いてもなかなかきれいにならなかった。結局紙やすりが一番役にたった。

 学生が何人かやってきてザムコプターなどを見せて欲しいというので、いくつか出して見せた。一番良く飛ぶグライダーを実演するととても関心を持ってくれた。

 お昼過ぎにドミトリーに戻り水浴びと洗濯をした。その後断水になったが、今日は短時間で回復した。停電もあったが1時間も続かなかった。

 レイチェルは、12月2日から9日間南アに行く。9月に他界した従姉妹が残した赤ちゃんの世話をするためだ。従姉妹の夫がザンビアに行って子供の今後のことなどを相談しなければならないのだが、その間誰も赤ちゃんの面倒を見てくれる人が近くにいないからだ。旅程の確認や、事務所への連絡、アクラでの宿泊の手配などを済ませることができた。

20071103・04 文化の日と日曜日

 朝は5時に起きたのだが、だんだん体が疲れていることが分かってきた。特に腕の皮膚が日焼けで腫れている。アセトンの入ったマニキュア除光液とガス・ホースに使える自動車用のチューブの中間栓を買いに行きたかったが、日中は部屋から出ないことにした。

 顕微鏡修理と授業の報告書をゆっくりと作った。夕方レイチェルに英語をチェックしてもらった。

 夕食には、解凍したチキンを少し食べることができた。

 日曜日の朝は、説法の練習が大声で始まったため、5時前に目覚めさせられた。その後、少し眠れたがすっきりしなかった。まだ腕は腫れている。

 レイチェルは、昨晩2時までミス・マライカ・ガーナのファイナルを見ていたので、眠い一日だったようだ。レイチェルも夜にネズミを見たと言っていた。こちらは、PCで顕微鏡修理の報告書や、実習の報告書などを仕上げた。顕微鏡実習用に目盛りを印刷したトレス用紙をアイロンでラミネートしたが、思ったとおりにはできなかった。外にほどんど出ない一日だったが、少し作業できたと思った。

 土曜日も、日曜日も夜には雷がなり降雨があった。

20071106・07 電話壊れる

 6日は、6時頃から実験室で作業を始めた。石灰水が古くなった乾燥剤で作れるかを確認。乾燥ワカメからクロロフィルを除光液で取り出し、それをシンナーで展開できるか確認(失敗でした)。展開用の試験管のアルミ箔キャップ作り、黒板に書く代わりに紙に授業の指示を書く作業などをした。

 授業前になって携帯電話のSIMカードがネットワークに認識されないというメッセージが出ているのに気がついた。どうやら、カードそのものを取り替えなければならないようだ。

 授業では、まず学生に黒板を写してもらった。その後で、宿題にしていた安全指針をグループ毎にまとめさせ、発表させた。

 その後、石灰水の作り方とろ過の実演、クロマトの方法の実演と注意をして。これらの実験を学生にやらせた。

 2クラス、4時間の授業の後、片付けをして部屋に戻った。レイチェルの電話に自分のSIMカードを入れてみても同じトラブルになったので、カードの異常だということははっきりした。

 事務所に連絡して、一時的にレイチェルの電話番号を連絡先にしてもらった。


 7日も少し早く起きて、6時半前から作業をした。この日は、事務所から授業を見学にくる方がいらっしゃる予定だったので、流しを磨いたり、台を拭いたりしてちょっとだけ実験室をきれいにした。午前中は幸い水が出たので作業は楽だった。昨日は黒板に指示を書いた紙を貼ったが、今日はそれを少し直し黒板に白墨で書いた。

 9時半少し過ぎにYZ氏と現地職員の女性が実験室にいらっしゃった。9時50分からの授業を見学されて、11時30分にタマレに向かって出発された。

 学生は、来客に礼儀正しく、討議や実験にも集中していた。

 午後から買い物と携帯電話会社に出かけた。しかしMTN社の前には何十人(100人位か)もの人がSIMカード交換のために列を作っていた。そのためにテントとイスが用意されているほどだった。列が長いので、新しいカードを購入してもいいかなと思い路上のお店で値段を聞いて見た。するとと6月に買ったカードの7倍以上の値段だったのびっくりした。もちろん購入は取りやめた。

 結局、ラーメン、洗剤、チーズ、野菜などを買っただけで歩いて帰った。近くの電話プリペイド店で聞くと、MTN社はSIMカードの生産を休止して値段の高騰を図っていると言っていた。本当かどうか分からないが、ありえると思えてしまう。

 部屋に戻ると断水だった。汲み置きの水で体を洗い、洗濯のすすぎは水が回復してからにした。

20071108 電話復旧
 断水に備えた水を持って8時頃に実験室に入った。簡単に掃除をしてから黒板をきれいにし、明日の授業の指示を書いた。

 9時少し過ぎに部屋に戻り、水を運んだキャスタを置いてから、タウンのMTN社へ向かった。今日は途中、本を読みながら歩いた。MTN社では30分ほど待っただけで中に入れた。しかし、その後新しいSIMカードを電話に入れてもらえるまで約2時間(10時10分から12時5分)かかった。読書をしながら待った。おそらく、所有者や使用期間を確認したうえで、新しいカードにデータを移動する作業があったからだろう。MTN社の担当者は、カードの所有者がJ***であることが証明しやすくなっていると良いと言っていた。他の顧客は5分ほどで手続きがすんでいたので、稀な例だったようだ。

 25分ほど歩いて部屋に戻り、今度はキャスタにプロパンガスのシリンダを乗せて部屋を出た。正門までキャスタでシリンダを運べたのでとても楽だった。(KBさんありがとう)タクシーでロイヤル・ガスへ行き、14.2新ガーナ・セディを支払い、ボンベにガスを注入してもらった。ものすごく値上がりしている。

 8月に最初にロイヤル・ガスに行った時は、お客さんが自分で注入機の直ぐ近くまでシリンダを運んだ。そして、担当者がシリンダを床に投げ倒していた。ところが今日は、フェンスが出来ていて、お客さんはフェンスより中には入れなかった。店員は専用のキャリアでシリンダを丁寧に運んでいた。しかも携帯電話の電源を切ることという表示まででていた。少しずつ安全を重視するようになってきているのだろうか。

 同じタクシーでドミトリーにシリンダを運んだ。その後、スワメ・マガジンと近くのガソリン・スタンド周辺の店を歩いて見てまわった。スワメ・マガジンではガスの中間栓を探したが、下の方のお店を見てごらんとか、スワメ・マガジンには無いとか、アドウーンへ行けとかいろいろ言われただけで、目的の中間栓は見つからなかった。途中で、路上に置いてあった大きな金属塊に左すねをぶつけた。

 ガソリン・スタンドとその周辺のお店で買い物をして、カレッジに戻った。その後、行水と洗濯をした。左すねの傷口近くが1センチほどの高さに膨れていた。でも、1時間ほどで平らになった。

20071109 金曜日

 6時半頃に実験室に入り、水を溜めたり、掃除をしたりしながら、蒸留の実習準備をした。学生は7時にほとんど集まり、黒板を写し始めた。

 実習は、9時前に無事終了した。宿題を出して解散。その後、フランク先生に頼まれていた中学生向けの演示の準備を始めた。二酸化炭素の発生装置を準備したり、導体と不導体をチェックするセットを用意したりした。

 二酸化炭素の発生に使えるかもしれないと思って近くで拾った大理石を砕いていたら、クマシで買った金槌が折れてしまった。そのため、二酸化炭素はクエン酸と重曹で作ることにした。

 予定の12時15分になったが中学生は現れなかった。準備しながら待っていたらフランク先生の電話呼び出しで結局2時5分前にやってきた。清潔な制服を着た私立学校の子供達38人だった。

 簡単に挨拶をしてから、二酸化炭素の基本的な発生と捕集、それと少し多めに作る簡便な方法を実演した。その後、導体と不導体をチェックする実習をした。来週もほぼ同じ人数が来るそうだ。

 ところで、今日は午後から実験室では水が出なかったので、実習の後片付けや掃除は汲み置き水でしのいだ。

 今日は、ケネディ先生が整備の済んだ顕微鏡を利用に来たり、アッセム先生に来週顕微鏡実習を手伝って欲しいと言われたりした。ちょっとでもお役に立てるならどんどん手伝いたい。ただし、無理をしない範囲で。

20071110 殺鼠剤買う
 昨晩は寮の学生が大いに騒いでうるさかった。スポーツ大会で優勝したらしい。

 6時半頃に起きて、アイロンがけをしてから、ゆっくり食事の準備をし、久しぶりにレイチェルと一緒に朝食を取った。

 タウンに買い物に行く準備をしていたら、机の引き出しにネズミの糞がたくさんあるのを見つけた。そこで、二人で部屋中を調べてみると、別の机の引き出しや水切りかごの水受けなどに糞がいくつも見つかった。レイチェルはブラシで床をすみずみまで掃き、こちらは、糞のあったところを消毒用のアルコールで拭いた。机の引き出しには裏側にあるわずかな隙間から入ったようだが、一番糞の数が多かった。最初のネズミを見かけたのが11月1日だったので、あの頃以来、夜を中心に好き勝手に部屋中動き回っているようだ。

 買い物のリストを変更して、ネズミ捕り、殺鼠剤を加えた。12時少し前に歩いてタウンに向かった。途中で薬局や農薬を販売する小売店で殺鼠剤がないか聞いて回ったが、なかなか見つからなかった。しかし、ケジェティアの外周にそって設けられている商店街で中国製の殺鼠剤を見つけた。小さな袋一つが0.1新ガーナ・セディだった。10袋買った。食べ物と混ぜて置くようにと言われた。近くで、ずっと探していたマニキュアの除光液も見つけることができた。0.8新ガーナ・セディだった。

 その後、マーケットを横切ってアドウーンに行った。マーケットではネズミ捕りを0.8ガーナ・セディで買った。もう一瓶同じ除光液を買ったら0.6ガーナ・セディだった。ネズミ捕りを売っていたお店では、ゴキブリ用の殺虫剤や他のブランド?の殺鼠剤も並べていた。

 路上のDVD店やガス器具店(ガス用の中間栓をまだ探している)をチェックしながらアドウーンのスーパーへ行った。ワイン、チーズ、ラーメンなどを買った。

 帰る途中でガスの中間栓に形の似た水道用の栓を売っている店を見つけた。でも、使えるチューブの径が全く違うので購入しなかった。このお店では、マスターが50新ガーナ・セディ札を数えているのを見た。50新ガーナ・セディ札を見たのは始めただった。

 この店から少し離れた側溝でネズミが水を飲んでいるのを見かけた。側溝の蓋の陰から白日の下に出て、水を飲んでいたのではっきりと見ることができた。ドブネズミ(Rat)ではなくハツカネズミ(Mouse)のサイズだった。

 部屋に戻って床拭きと洗濯と水浴びをした。夕方短時間だが降雨があった。

 夜のテレビで今日大統領がクマシの新しい陸橋やインターチェンジの完成を祝いに、当地にまで来ていたことを報道していた。

20071111 日曜日

 4時半頃から説教の練習を学生が外で始めたが、6時半まで眠った。6時半に起きたのは間違い電話のせいだった。

 早速、昨晩しかけたネズミ捕りを見たが何も変化がなかった。殺鼠剤を混ぜた餌もそのままのように見えた。テレビを見たり、ラジオのチューニングをしていたりしたら、KBさんにいただいた棚のちょうど真ん中、ミキサーをしまってある場所にネズミがいるのを見つけた。ネズミは上半身と前足を棚板より前に出してじっとしているように見えた。ポリエチレンの袋を取り出し、それに追い込もうと思って近寄った。しかし、目をしっかり開けていたそのネズミは、全く反応しなかった。つまり、その姿勢のまま死んでいたのだ。おそらく、殺鼠剤を口にしたのだろう。ポリエチレンの袋に入れ、袋をしっかりしばった。

 今日は、朝食、スナック、夕食を自分が作り、一度も外出しなかった。PCで文書をつくったり、ヴィデオを見たりして過ごした。レイチェルが夕方買い物に行ってくれたが、とても湿気が強かったと言っていた。

 念のため、この夜も殺鼠剤の入った餌をしかけた。

20071112・13 月曜日と火曜日

 月曜日は6時半に実験室に入り、クロマトの説明を黒板に書いた。その後、除光液とトイレット・ペーパーを取りに部屋に戻った。除光液に含まれているアセトンでクロロフィルを抽出した。

 クロマトの授業は順調だった。授業の後、理科のプロジェクトの課題である望遠鏡を完成させた学生がやってきた。水曜日に発表するそうだ。  午後は、明日からの顕微鏡実習に備えて光源用の蛍光灯の準備などをした。

 部屋に帰ってからクロマトグラフィの授業のまとめと、翌日の板書の原稿を作った。昼間レイチェルが買い物に行ってくれた。夕食も作ってくれた。さらに原稿の点検もしてくれた。ありがとう。


 火曜日も6時半に実験室に入り、昨日作った板書の原稿を黒板に写す作業から始めた。その後、既存の教材集や顕微鏡写真を黒板に貼ったり、光源用蛍光灯の注意書きを作ったり、トイレット・ペーパー(ろ紙の代用)を小さく切ったり、ピンセットにスポイト、それにスライド・グラスやカバー・グラスの準備をしたりした。

 食紅で、粘膜細胞やタマネギの細胞を染めて見ると、核もしっかり判別できることが分かったので一安心した。

 授業では、まず黒板をノートに写させてから、ルーペを2つずつ学生に配って、顕微鏡と望遠鏡のモデルを作るように指示した。焦点距離の測り方から説明する必要があったが、なかなか楽しんでいたように見えた。

 顕微鏡の部分の名称とそれらの働きを説明した後、タマネギの細胞とほおの粘膜細胞の観察の仕方を話した。実習に使える顕微鏡は12台だけなので、3名程度で1グループを作って、スケッチを提出するように指示した。

 学生は熱心に作業していたが、かなり手がかかった。ほとんどの学生にとって顕微鏡実習をするのは、生まれて始めてだったようだ。結局次回に続きを行うことにしてスケッチの提出も延期した。

 午後の授業は30分ほども遅れて始まった。午前中の学生の手際を見ていたので、観察は来週に送り、文字や目盛りを印刷したトレス用紙をステージに載せて顕微鏡の見え方をチェックする作業をさせた。

 今日の授業の後、明日のプロジェクトで発表したいので分子モデルの作り方を教えてくれとやって来た学生がいた。ストローの分子モデルを一緒に作った。

20071114 水曜日 体長2cmほどのシミを見た

 6時半から実験室でごそごそやり始めた。部屋から運び込んだ古新聞をしまう場所を探していたら、教卓の下に立派なプラスチックの大型ケースがあり、そのなかに埃にまみれて木製のブロックなどが入っているのを見つけた。近くにあった古い印刷物などは捨てることにして、ケースと中にあったものを洗い始めた。水が出ていなかったので溜めてある水を使った。

 しばらく作業していたら、ケースの中に触覚や尾を含めない部分の長さが2センチほどもあるシミを3匹見つけた。捕まえてアルコールで固定した。ケースは実験用のスタンドに使う付属品の保管箱にすることにした。その頃から、水が出るようになったのでホッとした。

 2年の学生がやってきて、光が直進することを示す実験例を教えて欲しいと聞いた。アクリル・ブロックにレーザー・ポインターで光を送る方法や、ストローの入っていた角柱型の透明ケースに蚊取り線香の煙を入れ、そこにレーザー光を通す方法などを教えた。彼のプレゼンテーションは明日だそうだ。

 授業は基本的に昨日と同じだったが、顕微鏡のピントあわせのデモを学生にやらせた。全員が初心者なので、プレパラートを作るより、視野を明るくしたり、ピントをあわせたり、スケッチをするときの注意などに時間を使った。

 午後は、別の先生の学生を2班に分けて受け入れ、顕微鏡実習をする予定だった。しかし、当の先生が教育実習中の学生の視察に出かけていることが分かったので、折角準備したプレパラートなどは無駄になった。

 インターンのエリック先生がプレパラートの作り方を教えて欲しいというので、タマネギを食紅(青を使っていますが)で染める方法を教えた。どうやら顕微鏡を覗くのが始めてだったようで、とても感動していたのでうれしかった。

 実験室を片付けて2時過ぎ頃に部屋に戻った。

 レイチェルが髪を切ってくれたのでさっぱりした。ただし、この頃少し肌の腫れが目立つ。用心が必要かな。

20071115 木曜日

 6時半前に部屋を出て、インターネット・カフェに行った。自分のPCを接続して起動すると時刻は6時56分だった。抗ウイルス・ソフトウェアの更新やウェブ・サイトの更新をしてから口座の残高を確認したり、メイルを点検したりした。カフェにはお客さんが散見され、回線もなかなか快調だった。

 8時前にカフェを出た。料金は50パスワス(5000旧セディ)だった。そのまま近くの医療器具店に行って、オリンパス顕微鏡用の接眼レンズと対物レンズを買った。古いものだったので、以前交渉したように新品で買う五分の一程度の代金にしてもらった。

 それから、アドウーン方向へ歩いて行き、途中の文房具店でカラーと黒のインク・カートリッジ、鉛筆、機械油を買った。この買い物とレンズの支払いのおかげで業務費を入れていた封筒がほとんど空になった。  新聞をスタンドで買ってから、スーパーでラーメン、ヨーグルト、チーズ、食紅、ワイン、クラッカーを買った。最後に果物とキャベツを買ってタクシーで部屋に戻った。

 部屋に戻ったらまだ9時20分だった。直ぐに実験室に上がって、明日の準備をすることにした。しかし、最初に始めたのは化学室から拾ってきた試験管立てやガラス器具の洗い物、それと昨日きれいにした大きなケースに使えそうな蓋を洗うことだった。  蓋は、午後に一部分を切り取るとケースにぴったり収まったのでとてもうれしかった。

 作業をしていると、別の教員養成カレッジの先生が訪ねてきて、インプロヴァイゼイション(improvisation)の例を教えて欲しいと言った。ようするにいつもやっている身近にあるもので教材・教具を作ることだ。先生の希望に沿って、教材の例を見せたり作ったりした。

 明日の授業の板書を黒板に書き、イスの整理をしたら14時になってしまった。同時にいろいろな作業をするので、どれが終わったかわからない状態で片付けに入ってしまった。

 今日は、早朝から外出したので、この辺で部屋に戻ることにした。

20071116・17 金曜日と土曜日

 6時半から授業の準備。7時にクラス委員が実験室に移動すればよいか聞きに来た。この日が最後のクロマトの授業だった。色素の分離の後、宿題を出して解散。

 その後、午後からの中学生の実験準備をしながら、スタンド用の付属品や試験管などの収納用にペット・ボトルを切って箱をいくつか作った。

 13時頃に中学生が33人と引率の先生が来た。先週と同じように二酸化炭素の実験と簡単な電気の実験をした。直前に試験管を利用した電池ホルダーを思いついて作ったので、それも利用した。

 実験室の片付けをして15時過ぎに部屋に戻った。  土曜日は8時半頃に部屋を出てタウンへ歩いて行った。レイチェルに小さな南京錠を頼まれたので、ケジェティアの外周にあるお店で2種類買った。一番小さいものが30p、その次が40pだった。その後、文房具、新聞、包装紙、食材、果物を買ってカレッジに歩いて戻った。

 11時頃に戻ってこれたので、荷物を置いて実験室に上がった。1時間半ほどかけて黒板を再度塗りなおした。前回の塗装はつや消しペンキだけだったが、今回はグロスのペンキも混ぜてみた。前回使ったペンキはお店独自の調合だったが、黒板を拭きあげる度に色落ちしていったので、別のお店で買ったペンキを混ぜたのだ。長持ちするかは来週以降に分かる。

 ところで、昨日になって、通常の授業に使われている教室では、黒板の上に白板が貼り付けられているのを見つけた。マーカー代の出費が大そうな額になると思うのだが大丈夫だろうか。

 部屋に戻って、掃除と洗濯と水浴び。それから業務費の書類整理をした。

 15時からレイチェルが楽しみにしていたミスマライカ・ガーナの特集番組が始まった。しかし15分ほどで停電になった。その頃、久しぶりに短時間だが激しい降雨があった。室内にも少し水が流れ込んだ。停電は17時に復旧した。

20071118 日曜日

 5時前から学生が寮の外で説教の練習を大声で始めたので、折角の日曜日なのに5時前に起きた!

 ラーメンを食べてから、一人でビデオ(ニコール・キッドマン主演の奥様は魔女の映画版)を見た。

 レイチェルが起きてから、もう一度食事を作り、二人で食べ、少しビデオを見たりPCで資料を作ったりした。

 午後から1時間半ほど実験室で作業をした。昨日の黒板の塗り方はむらがひどかったので、もう一度塗りなおした。それと、単子葉と双子葉の茎を剃刀で切って標本例を作ってみた。残念ながら写真は鮮明に撮れなかった。一番良く撮れるレンズの組み合わせを手持ちの顕微鏡の中から探さなければならない。

 夕方ビールなどを買いに行った。昨日新聞広告に出ていたように、スター・ビールが値上がりしていた。

 アクラで行われているサッカーの4カ国トーナメントを見ながら夕食を食べた。ガーナはトーゴに2対0で勝った。

20071119 月曜日
 6時半少し前から作業開始。黒板に顕微鏡実習の説明を書くのに30分かかった。左上が少しテカテカしているが、黒板はうまく乾いていた。

 いつものように、いくつかの作業を同時に進めるので、何が終わりそうで何が始めたばかりか分からない状態のまま、授業の20分前になってしまった。そこで、大急ぎで授業用にタマネギの標本を12枚作った。

 今回も基本的な操作を中心に説明。2時間続きの時間の最後には全員にスケッチを提出させた。

 今日の授業が終わったと思い、ホッとしていたらアッセム先生が深刻そうな顔でやってきた。今日の午後にアッセム先生の受け持つクラスの顕微鏡実習をしてほしいというのだ。大丈夫だが、少し準備の時間が欲しいと返答して、用意を始めた。

 25人ずつ2グループに分けてくれたが、9時50分から2時15分までずっと実習だったので、とても疲れた。

 部屋に帰ると、美容院から帰ったばかりのレイチェルがゆでトウモロコシを食べていた。少し分けてもらって食べた。

 掃除・洗濯・行水の前に近くのお店に行って、ミネラル・ウォーターとワイン、それに小魚のフライを買った。

20071120 火曜日

 6時半前に実験室に入った。顕微鏡照明用の蛍光灯を追加で一つ準備し、今まで使っていた3つの蛍光灯の配置を変更した。7時過ぎに校長先生がわざわざ来て、明日アクラからJ***の人が来ると聞いているがと話始めた。しかし、昨日の夕方に視察が中止になったという連絡を受けていたので、その旨を伝えた。

 単子葉と双子葉植物の茎の切片を、予備を入れて14セット作り、染色して準備した。今日の最初のクラスには、これらを観察してスケッチさせ、構造上の違いを見分けさせるのが目標だった。不完全な状態な顕微鏡を使いながらだが、どの学生もちゃんとスケッチを提出した。

 午後の授業は、タマネギの細胞を観察した。こちらは、午前中より簡素なスケッチだが、始めての経験なので正しく描けているか個別にスケッチを点検した。やっていることは日本の中学生・高校生対象の授業と全く同じだった。同じように疲れたが、細胞の染色にはスーパーで売っている食紅の赤と青を混ぜた方が、青だけの場合より良いことも分かってきておもしろかった。

 実験室の片付けは、エリック先生と女学生が手伝ってくれたので、30分ほどで終わった。15時頃に部屋に戻ると、レイチェルが買い物から帰ってきて行水をすませたところだった。

 自分も洗濯と行水をした。その後、今日撮った顕微鏡写真などを印刷した。

20071121 夕方に雷雨

 6時半頃から作業開始。今日も植物の茎の切片を用意し始めた。実験室の近くの木の葉を使って葉の切片も試してみた。

 授業の40分ほど前に双子葉植物の切片が昨日の種類と違うことを見つけたので、慌てて外に昨日と同じ草をとりに行って、切片を作り直した。(朝ごはんを少なめに食べたので、お腹が鳴って困った)

 9時50分からスケッチの要点を説明し、茎の断面の標本をスケッチさせた。学生が他人のスケッチを写したのか、自分で観察したのかは、提出の時に質問に正しく答えられるかで簡単に分かる。かなりの学生に描き直しを指示した。

 12時頃から授業の後片付けを始めた。しばらくして、5人の2年生が顕微鏡のインプロヴァイゼイションについて教えて欲しいとやってきた。ガラス・ビーズ式の顕微鏡や、凸レンズ二枚で作る顕微鏡などを紹介した。

 細菌を顕微鏡で見ることができるかと聞かれたので、繊毛虫用に準備していた培養液から、繊毛虫と細菌を顕微鏡で見せた。かなり驚いていた。

 その後、実験室を閉めて部屋に戻った。ところで、午前中から実験室前に通路を示す縁石を並べる作業を、一人の男性がしていたが、この頃にラインができあがっていた。

 夕方、雷を伴う強い降雨があった。もう直ぐ乾燥して埃っぽい乾季が来るというが、雨が降ると埃がたたなくなるのはうれしい。

 この日は四カ国サッカー・トーナメントの最終日だった。決勝戦で、ベニンと対戦したガーナは前半に1点を奪われた。後半開始直後にもゴールを決められ2対0となった。しかし、この後半に結局4点を挙げて快勝した。3点目が入った時には屋外からも歓声が聞こえた。

20071122 木曜日
 今日は受け持ちの授業がないので、朝から外出しようと準備した。朝食、トイレ、アイロンなどを済ませたのだが、どうも体が重く感じられたので外出は中止した。その代わり朝から夜までかけて顕微鏡実習用の手引きを作ることができた。

 レイチェルは、昼前から2時間ほどタウンのネット・カフェまで出かけたが、帰ってきたら暑さと人ごみでぐったりしていた。

 「2001年宇宙の旅」を○国製の違○DVDで見ていたら、前後半に分けて収録してあるとケースに書いてあるのに後半は前半の途中から始まっていた。それに後半は映画の途中"休憩"の表示で終わってしまっていた。

20071123 忙しい金曜日

 5時に起きたが停電だった。ロウソクと懐中電灯でトイレとテーブルを照らして準備をした。

 実験室に上がると、ドアの前に小石を敷き詰めた通路ができていた。実験室ももちろん停電だった。部屋の北側に鳥が集まっていた。電気が回復して蛍光灯が顕微鏡の照明に使える場合と、停電したままの場合を想定して準備した。並行して、スタンドとルーペのレンズを利用して顕微鏡のモデルを4つ作った。

 結局、停電のまま授業が始まった。学生が黒板を写してからは、もっぱら軒下に置いた顕微鏡を利用して説明したりや実習させたりした。停電は授業が終わって一段落した頃に復旧した。

 授業の後片付けが終わってから、フェリシア先生に原生動物や細菌を顕微鏡で見せたり、カバー・グラスを洗って乾かして片付けたりした。ある先生に午後から実験器具の説明を学生にやって欲しいと頼まれていたので、その心積もりをしながら雑用をした。

 待っている間に、イギリス製の顕微鏡にコンデンサを着け直し、レンズを選び直してちゃんと実習で使えるレベルまで整備した。それと、風で走る車を何台か修理し、望遠鏡を一台作った。

 学生が来る気配が無いので、学校が終わって遊びに来た子供たちに、ゴム動力のおもちゃを出してやったり、水ロケットの実演をしたりした。

 14時過ぎに女学生が5人来て、ペリスコープ(潜望鏡、展望鏡)の作り方を教えて欲しいと言われた。月曜日に授業で発表するのだそうだ。そこで、鏡と断面が角型のペット・ボトルでペリスコープの模型を作ってみせた。

 部屋に戻ってから、散歩を兼ねた買い物に出かけた。

20071124 土曜日
 昨日は疲れたので20時に横になった。一度も目覚めずに5時のベルまで寝ていた。この頃、土日は早朝から学生が行事で歌や踊りを始めるので、この先は眠れないと思い、ベルの後起き上がった。案の定、太鼓を近くでたたき始めたり、ホイッスルを鳴らし始めたりした。太鼓はあまりにもうるさいので、注意しようとドアを開けたら、ドアのすぐ前の階段に腰掛けて音を出していた。こちらの顔を見ただけで、察しよく移動してくれた。

 6時50分にPCをバッグに入れてインタネット・カフェに行った。カフェには7時20分に着いた。

 抗ウイルス・ソフトウェアの更新などをしたが、接続状態は良好だった。30分で50p支払って、STCバスへ向かった。バス・ステーション前でこれからアクラに向かうという隊員さんに出会った。少し立ち話をしてから来週土曜日のアクラ行きのバス乗車券を買った。レイチェルが約1週間南アフリカに出かけるためだ。航空券は小切手で旅行社に支払わなければならない。

 その後日用品を買って歩いてカレッジに戻った。

 レイチェルが窓のカーテンを4枚も洗ってくれていた。二人で軽く食事をしてからPCの作業などをした。

20071125 日曜日
 パンがなかったので、野菜でスープを作り朝食はスパゲッティにした。

 お昼前から実験室に行って、マニュキュアでプレパラートが作れるか試したり、切片の写真を撮ったりした。ルーペを組み合わせた簡易顕微鏡でガーナのコインの写真を撮って見た。10p硬貨にはノートがあしらわれていて、グラフまで分かるようになっているのにはびっくりした。実験室の近くにある水桶の水を見たら、小さな小さな(体長1ミリ位)のヤゴを見つけた。

 14時過ぎには部屋に戻った。

 顕微鏡実習のまとめを作ったら夕方になってしまった。

20071126・27 月曜日と火曜日(ちょっと調子が悪い)
月曜日  日曜日に作って見たプレパラートは4枚ほど良い状態だった。うまく脱水と包埋ができたようだ。

 切片の準備をしたが、うまく切れなくてこまった。なんとか授業の枚数準備できてほっとした。授業中にアッセム先生から電話があり、午後から実験器具の演示をやってほしいと頼まれた。

 50人のアッセム組は13時頃来たので、約1時間、生物室に置いてある器具類の説明をした。

 授業の後、1時間ほどかけて後片付けをした。帰ろうとすると数名の女学生が実験室の周りで作業を始めるところだった。草むしりやドブさらいをするようだった。

 夕方、短時間だが降雨があった。まだ雨季が続いている。

火曜日  湿っぽい曇り空の下、実験室に上がってみると、窓がたくさん開けっ放しだったのでイライラした。出る時には窓を閉めることと張り紙してあるのに。埃が入ってこまる。

 掃除をしてから茎と葉の切片を準備した。実験室の近くにある肉厚の葉を持つ木から取って来た葉がとても切片にしやすかった。実験室の周囲のドブがきれいになっていたので昨日の学生達ががんばったことが分かった。

 一昨日から水に浸してあるタマネギの種はまだ発根していなかった。

 授業の前までに、茎と葉の切片と気孔用の組織片と、いろいろな注意書きを準備した。3・4時間目は葉と気孔、午後の5・6時間目は茎の切片のスケッチだった。午前中の授業で買ってきたばかりの剃刀の箱を勝手に開けられて使われてしまった。

 午前と午後の授業の間に、延長コードに足をかけて壊してしまったので、慌てて直した。

 午後の授業は遅れて始まる(軽食を取る学生が多いため)し、集中力に欠けているので、少し注意した。

 授業が終わってから子供達が遊びに来たので、ゴム動力飛行機で遊んだが、一機を壊されてしまった。すぐに、翼をトイレット・ペーパーの包み紙で直した。しかし、学生が一人来て直したばかりの飛行機を持って行ってしまった。どこへ持っていったのだろう。

 実験室の机の間隔を少し広げた。4つある机を1.25mずつ離した。これまでより間隔を開けた。顕微鏡実習をしやすくするためだ。

 掃除や並び替えに授業の後2時間ほどもかかってしまった。いつも準備に3時間以上かけている。こうした時間を効率的に使う方法は無いと思う。この頃半日前とか数分前の事を思い出せなくなった。とても困る。

20071128 水曜日(調子を回復)

 昨晩10時頃に、学生達が部屋の外で立ち話をするので、うるさくて眠れなくなった。大声で注意したら、鬱々していた気分が楽になった。ただし、自分の声を聞いたレイチェルには悪い夢を見せたらしく、うなされていた。

 朝食にMaru○hanを作って、鍋からどんぶり(?)に入れようとしたら、スープを机と床にこぼしてしまった。慌ててそれを拭き取った。その後、どんぶりをテーブルに置こうとしたら、またテーブルと床にスープをこぼしてしまった。昨日からの不調が回復していないような、いやな感じになった。

 実験室に6時半前に行くと、カギを管理しているプリーフェクト達と思われる学生が勉強していた。今日は、窓を余計に開け放したりせずに部屋を利用していたようだ。女学生が一人掃き掃除と拭き掃除をしてくれていた。

 少し掃除をしてから、葉の切片と気孔観察用の葉の裏側表皮をアルコールで固定した。その後、イスの配置を直したり、昨日撮って印刷した写真と今日の授業の内容を書いた紙を黒板に貼ったり、顕微鏡照明用の蛍光灯を配置したりした。(蛍光灯は安全上、毎回出したりしまったり、コードをテープで貼り付けたりするので面倒だ)授業の後で、マニキュアで作る永久プレパラート用の植物切片をアルコールで脱水し始めた。

 8時半頃になって急にお腹が痛くなったので、一度部屋に戻った。

 授業前になって、昨日プライヤーを借りて行った学生が、それを戻しに来た。寮の蛍光灯を修理しているそうだが、道具が足りないと言った。そこで、2.5新ガーナ・セディで買ったテスター(日本ブランドのイミテーション)を渡した。断線の点検方法を簡単に説明した。

 さらに、昨日飛行機を借りていった学生も、無事に飛行機を持ってきてくれた。どうやら友人と飛ばしてなかなか楽しんだらしい。主翼の捩れを調整する必要があるが、外見上は全く問題なさそうだったのでとても安心した。

 今日の授業では、葉の断面と気孔のスケッチをさせたが、ほどんとの学生がよく集中していたので感心した。最初に片づけまでの諸注意をしたので、これまでに比べて良く片付けていたと思う。ただし、鉛筆の削りかすや、消しゴムのかすがまだかなりあった。(それでもとても良い)学生の作業が終わってから、机の上の汚れを払い、机の上を拭き、イスを机の上に上げる作業をしたら1時間かかってしまった。

 その後、小さな試験管に入れて脱水していた標本に、96%アルコールを何回か加えたり、捨てたりした。次に試験管内のアルコールにマニュキアの除光液を加えた。そして、何回か液を換えて、ほぼ純粋な除光液内に標本が浸るようにした。その後、標本を透明なマニュキアで封入した。うまく出来ているかは、何日後かでないと判別できない。(マニキュアを滴下したら直ぐにカバー・グラスをかけないと、マニキュアの硬化が始まるので、すばやく作業する必要がある。

 実験室を閉めて14時前に部屋に戻った。レイチェルとスナックを食べたり昼寝をしたりした。まだ疲れているが、少しリフレッシュできた。

20071129 疲れがあるがタウンでドルを買った
 朝、外出の準備をしてPCをバッグに入れた。しかし、昨晩から何度もトイレに行っていたので、PCを持ってインタネット・カフェに行くのは諦めることにした。PCを取り出して、いつもしまっている埃避けの箱に入れた。

 8時半頃にタクシーを拾ってアドウーンに行った。スタンダード・チャータード銀行に入ったが、業務は始まったばかりのようで、外貨窓口に来客はいなかった。レイチェルの南ア行きのためにランドかドルが必要だったが、銀行にランドもドルも無いと言われてしまったので、いつものようにドル口座からセディで引き出した。

 アドウーン内の両替商でまとまったドルを買うことができたが、銀行と両替商に手数料を支払っているので、かなり高くついた気がした。それでもレイチェルの旅行にはどうしても必要だったので、良しとしよう。

 レイチェルがアクラから南アに発つ際に、アクラで調整員さんに書類を渡してもらうつもりだ。そのため、業務費をできるだけ今日使い切って、書類を作ろうと思っていた。残っていた業務費で、電気のプラグ、蛍光灯のスターター、電線、鉛筆、瞬間接着剤、セロテープ、金槌、クレンザー、電池を買った。

 私用品として、新聞、ラーメン、ワイン、チーズ、トマト、タマネギ、除光液を買った。帰りは歩いた。

 洗濯と行水をしてから、書類作業をした。その後、今日買ったビデオを少し見た。夕食用に簡単なカレーを作った。

20071130 11月最後の日

 4時頃にキッチン・タイマーをセットしてあと20分寝ようと思った。でも、タイマーが鳴り出す前に起き上がって食事を作り始めた。

 いつものようにキャベツとワカメを入れたラーメンと少しのパンにチーズの朝食。それと水分を取って、トイレに繰り返し行った。

 6時頃から実験室で作業開始。顕微鏡照明用の蛍光灯と、学生用のイスを配置。カバー・グラスとスライド・グラスの後片付け(昨日誰かが使ってらしい、折角作った永久標本の一部がだめにされていた)、と準備をした。

 洗ったカバー・グラスの水分が中途半端に残っていたので、いちいち拭きながらしまうのに手間取った。

 授業開始の10分前(6時50分)になってやっと授業用の切片を作り始めることができた。

 数人の学生は、お手本用のスケッチを勝手に剥がして写していた(間違いまで写すので直ぐ分かってしまうのだが)。貸し出した鉛筆12本のうち戻ってきたのは4本だった。それでも、ほとんどの学生は、部屋をそれほど汚すことなく熱心にスケッチしていた(と思う)。

 9時頃に一段落したので、2時間ほどかけて後片付けと掃除をした。並行して放置していた波形モデルの支柱をスタンドに交換した。一昨日作った永久標本は、一部で組織の縮みが見られたが、なんとか使えるという印象だった。ただし、マニュキュアをたっぷり使う必要がある。

 ケネディ先生に1時15分から1時間、40人の2年生に顕微鏡実習をしてほしいと頼まれていたので、顕微鏡と学生用のイスを再配置して実習に備えた。顕微鏡の載せ台には文字を印刷した薄い樹脂板を置いて焦点を合わせておいた。

 男女の学生が1時15分前にはやって来て、ケネディ先生の指示で着席した。1年生の授業と同じように、レンズで顕微鏡の原理を確認する実習から始めた。よく集中して気持ちの良い学生達だった。それでも、高倍率で焦点を合わせるのには手間取っていた。何台かの顕微鏡用に10倍と40倍の状態の良い中古の対物レンズが欲しい。

 やはりどうしてももう20台は、顕微鏡が必要だと思った。

 後片付けをして、15時前には部屋に戻り、掃除と洗濯と水浴びをした。少しだけ昼寝をして、ビデオを見た。階上では、学生が音楽をかけて歌ったり、踊ったりしているようだった。なるほど今日は金曜日だ。

 レイチェルは明日アクラに移動する予定なのに、太ももの痛みを訴えていた。  夕食は、パスタだった。

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