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5日の4時半に起床して5時半に出発。自分の車に同乗するムカンダ氏の自宅に6時前に到着。途中、車の中は実験紹介用の資材で一杯なのにハンプを見落として大きなジャンブをしたので、薬品の入った箱が一つ壊れてしまった。
6時半にルサカ郊外のガーデン・ハウス・ホテルで所長達の乗ったランドローバーと合流のはずだったが30分以上待たされた。ジョリーが運転するランドローバーが通過したのを見てから、こちらも出発した。
約200キロ走って、カフエ国立公園の入り口で、誰かが持ってきてくれたチキンとフライドポテトそれにご飯の軽食を食べた。この後は、雨と曇りの繰り返しの中モングまで小休止を挟んで走り続けた。
豪雨になると視界が悪いので、路面の所々にある大きな穴を避けながら走るのは難しかった。国立公園を出てから一箇所スタンドがあったのだが、(フィリング・ステーションと言います)混雑していて給油できなかった。
ルサカから500キロを過ぎても、600キロを過ぎてもモングは見えない。地図では581キロと書いてあったので不安になったが、619キロ走ってやっとモングの市街地にあるスタンドに到着した。燃料計はE(空)の直前だった。
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リャンバイ・ホテル(flooded river という意味)から見える広大な平原は、雨季の終わりには、すべて水没するのだそうだ。
所長やチョンゴ氏によると今日中にワークショップに参加する先生達45人が続々とチェック・インしてくるはずとのことだったが、誰もこない。それとジョリーから連絡があって、自分が運転してきたサニー(遅れて走っていた)を迎えに行ったのだが、途中でランドローバーが動かなくなったそうだ。サニーに乗ってジョリーのところに行くと、どうやら整備不良と燃料切れ。燃料計は半分以上ディーゼル燃料があると示していたが、実はタンクが空だった。そこで、コンティと自分で燃料用の容器を買ってからディーゼル燃料をスタンドで買い、ペットボトルを切って作った漏斗で給油した。その後はみんなで押しがけ!
リャンバイ・ホテルの施設が残念ながら貧弱なのと、先生方が予定通り到着すると部屋が足りないので、スタッフの一部は別の宿泊施設を使う事にした。自分とチョンゴ氏はタウン側にある個人住宅、所長は別のロッジに泊まる事になった。この日は、明日以降の食事の時間などをホテルと交渉して終わった。
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ルサカを出る直前に、参加する先生の名簿があるのかとチョンゴ氏に聞いても、西部州の教育省が把握しているから大丈夫と言われただけで、ワークショップ準備の情報が全く事前にわからなかった。このような状況だから、ワークショップが無事に行えるとは思っていなかった。
予想通り5日には誰一人先生方はチェック・インしなかった。そこで6日の朝一番に所長とチョンゴ氏は西部州の教育省のPEO?に事情を訴えた。その結果、今日から!数学、理科、技術の先生を45名集めて、明日7日と明後日8日にワークショップを開く事になった。
そのため、今日の午後は、会場となるモング教員養成大学に納品するモバイル・ラボやワークショップ用の資材を運んで準備ができることになった。 |
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モング教員養成大学(Mongu College of Teacher
Education)にモバイル・ラボとサイエンス・キット、それに自分の資材を運び入れた。しかし、実験の準備をしようとしたら、りっぱな蛇口が実験室にいくつもあるのに水が出ない。結局厨房まで何往復かして水を実験室に準備した容器に入れた。
この大学はキリスト教系の民間の学校だが、教員は政府からも派遣されている。教会立の学校は資金も潤沢なので施設もなかなか清潔で立派だという印象だったが、水が出ないのには閉口した。 |
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| 運転手のジョリーや会計のコンティが手伝ってくれて(もちろん大学生も)搬入は終了。ただし、かなり大量に持ち込んだので、片付ける時の事は余り考えない事にした。 |
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この日に分かった最大の問題点は、ランドローバーのエア・フィルターが2年間掃除していなかったこと。NSC(国立科学センター)が二年前に借り出してそのときエア・フィルターを換えてから誰一人点検していなかったようだ。ということで、今日も押しがけに協力した。 |
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大学のサイエンス・ラボの机上に明日からの研修会に備えて教材類を配置した。
ナチビンガ先生(講師の先生達は個別にバスでルサカからはるばるやって来た)はモバイル・ラボとサイエンス・キットの紹介をする準備をした。
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夕方になって、リヤンバイ・ホテルに少しずつ先生達がやってきた。
どうやら明日からワークショップが始まりそうである。結果的にこの日は十分な準備ができたのでとても助かった。
夜はリヤンバイ・ホテルで受付用紙、アンケート、参加証明書の原案づくりがあった。
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翌日、ハウス(自分とチョンゴ氏の宿泊所)からリヤンバイ・ホテルに行くと、ムカンダ氏と一部の先生方が口論していた。どうやら予定以上の参加者が集まってしまったようだ。
予算が厳しく限定されているので、残念ながら1つの学校から同じ教科で複数の先生が参加することはできないと説明して帰ってもらった。
最初のプログラムでは8時開会であったが、ゆっくりした朝食、大学のバス(燃料切れで給油してから)を使っての会場までの参加者の輸送、それと来賓の到着(11時半頃)が遅かったため、開会式が終わったのは12時近くだった。 |
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開式はムカンダ氏が進行した。参加者の自己紹介(ムカンダ氏の準備したパートナー決めとパートナー同士による自己紹介は、来賓の登場で途中で中止)、所長挨拶、来賓挨拶と続いた。次にこのワークショップに期待することを参加者が次々に発言してそれを書き出して掲示した。
最後に、ground rules も同じように作って貼り出された。たとえば、「時間を守りましょう」「携帯電話は振動モードにするか切りましょう」「議長を通して発言しましょう」などだった。
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昼食が12時半からの予定だったが、バスがくるまで理科の参加者14名はサイエンス・ラボに移動してナチビンガ氏からサイエンス・キットの内容紹介と、モバイル・ラボの説明を受けた。
質疑になるといろいろ細かな所まで先生方が気づいていることが分かった。たとえばNSCが外注したリービッヒ・コンデンサの冷却した液が出てくる管が逆に曲がっていると指摘があった。
昼食の為にリャンバイ・ホテルまで往復した後、15時から午後の活動に入った。まず、ナチビンガ先生がサーキット・ボードの使い方、電流計、電圧計の使い方を説明した。続けて自分からインダクション・コイルの使い方を少し紹介した。コイルをバッテリーにつないで、鉄棒を近づけるとコイル内に吸い込まれるのを感じてもらったり、電源装置にコイルをつないで、交流を流し磁石を持って近づくと磁石が振動することを感じてもらったりした。 |
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続いて、クリップ・モーターの作り方、使い方の説明。カメラ・モデルの紹介などをした。
参加者からは、クリップ・モーターのコイルと磁石の間隔、コイルの太さや巻き数、どこでエナメル線が入手できるかなどの質問があった。
数学と技術(テクノロジー、インダストリアル・アートなど)のワークショップはほとんど見学できなかった。写真は紙を使っての二等辺三角形の説明をプレゼンテーション。
数学担当のムタレ先生には、隊員がメイルで送ってくれた100マス計算のプリントを渡してワークショップで利用してもらった。
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| 夕方、明日浮力の実験に利用するタマゴとPH指示薬の実験に利用するレモンを買いに地元のマーケットへ行った。(結局、時間切れで使えなかったが) |
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ホテルの電灯に引かれてタガメが飛んできていたのはびっくり、何匹が床に落ちていたのを見た。
たっぷり太った大型のコオロギを2回見たが、当地の人には大変美味な食材だそうだ。(ただし、写真はページに貼り付けるとソフトウェアが止まるので省略します)
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| リャンバイ・ホテルの昼と夜は、たいていシマとチキン、シマと魚、ゴハンとチキン、ゴハンと魚。魚はすぐ無くなったり、材料が古かったり(チョンゴ氏によると)だった。他に、Tボーンとか、ポテトもあるが全体に単調。それに野菜はちょっぴり、フルーツは全く無しだった。ただし、お米はとても美味しかった。 |
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翌日は、8時半頃からワークショップ開始。昨日の終わりにナチビンガ氏がグループを二つに分けて、一方に二酸化炭素の発生、一方に水と金属の反応の課題をあたえ、自分達で実験してからプレゼンテーションするように指示していた。
ホテルからバスで来た参加者とそれ以外の場所から来た参加者がだいたい揃ったところで作業開始。
二酸化炭素の発生には自分がつくったゴム栓とガラス管の代用品であるプラスチック・チューブとコルク栓、絶縁テープの組み合わせ品を使ってくれた。 |
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実験方法や結果などのプレゼンテーションが始まると、参加者は実によく発言した。
用語の使用法から、化学式導入の時期やレディネスに関してまで議論するのだが、ここでしか扱えない実験器具や薬品の使用法にもっと集中しても良いのにと思いながら聞いていた。
途中でサイエンス・キットにガラス管とゴム栓が無いことを自分から伝え、代用品を購入者が作るか、別に購入しなければならないことを確認した。 |
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全く実験器具が無くてもケチャップ容器にお酢とベーキング・パウダーを入れて二酸化炭素を発生させる方法も紹介した。
プレゼンテーション終了後、お茶の時間(コーラかファンタかスプライトか水と、ビスケット類をホテルから運んだ)。 |
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お茶の時間の間に参加者全員分のクリップ・モーター部品を準備した。(NSCでテクニシャンに切ってもらったベースの板、曲げていらない部分を切り落とした事務用クリップ、磁石、エナメル線、紙やすり、切ったガムテープ)
簡単な説明の後、製作開始。時間がかかった先生でも20分ほどで完成。全員が回せた。
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続けて、自分から気体の膨張と収縮の実験、蒸留装置の組み立て方、ムラサキキャベツ液を利用したPH判定、蛍光ペンのインクを70%アルコールを展開液に使って分離するクロマトグラフィーを紹介した。
13時頃に終了し、ホテルに昼食に戻った。
午後は16時に閉会式開始予定であったが、昼食から戻ると15時近くになっていたので、参加者全員で実験器具の洗い物や後片付けをした。その後はディスカションに自然に移行した。 |
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来賓の到着が遅れたため、またしても遅延。結局16時40分頃から数学、理科、テクノロジーの先生全員が集まって閉会式。
最初に数学・テクノロジー分野におけるNSCに対する要望を書き出し、次に理科分野についても同じように要望を書き出した。 |
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続けて、所長、来賓が挨拶し、参加者代表がお礼の言葉を述べた。
閉めの拍手(三本締めを紹介しました)をした後。参加者代表がお祈りの言葉を唱えて閉会。 |
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9日。5時に起きて、明日葬式があるムカンダ氏と6時に出発。の予定だったが、ムカンダ氏が着替えに手間取って出発は6時半。2回ほどの休憩を挟んみ13時半頃に620キロを走り終えてルサカ市街地に到着した。まだ腹の具合が悪かったので少々閉口したり、横断中の鳥にぶつかってしまったりした。
でも、カフエ国立公園を通過中に二頭の大きな雌ライオンが反対車線の端にしゃがんでいるのを見ることができた。
ムカンダ氏を自宅に届けてから、J***事務所により、10日のカブエ研修会用の資材を車に積み込むようにお願いして借家へ向かった。
借家で休養の後、16時半頃S氏、K氏の乗ったランド・クルーザー(資材も積んであった)に同乗してカブエに向かった。カブエには明るいうちに到着。タスカル・ホテルに一泊した。
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